社員が同業他社へ転職するのを禁止したい! 企業ができる対応策とは

2020年06月05日
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社員が同業他社へ転職するのを禁止したい! 企業ができる対応策とは

愛知県名古屋市は古来より交通の要衝、そして城下町として産業が発達し、現在も有数の産業都市として栄えています。名古屋市における産業の中には、企業独自の技術や製法などを伝統的に受け継ぎ守り抜いている会社も少なくないことでしょう。

万が一技術などが流出すると、企業としては非常に大きな損害を被ることになるため、慎重な取り扱いが求められます。従業員が起業したり同業他社に転職したりして、こうした企業独自の技術や製法などを流出させ重大な損害をもたらすこともあるでしょう。

会社の経営者や人事担当者の方は、会社の存続を揺るがす事態を未然に防ぐ対応策をとり、事態が起きてしまったときには早期に適切に対処することが大切です。
本コラムでは、社員の同業他社への転職に関して未然に損害を防ぐ方法や、事後的な対応策についてベリーベスト法律事務所 名古屋オフィスの弁護士が解説します。

1、同業他社への転職は禁止できる?

一般に、従業員は、労働契約に付随する義務として、労働契約の継続中は、使用者の利益に著しく反する協業行為を控える義務を負うと考えられます。
他方で、退職後は一般的には競業避止義務は認められません。
同業他社への転職の禁止について定めている法律はありませんが、原則として会社が社員の同業他社への転職を禁止することは、許されないものとされているのです。
これは、同業他社への転職の禁止は、憲法上保障されている「職業選択の自由」を制限する内容にあたる可能性があるためです。

しかし例外的に、就業規則や誓約書などで同業他社への転職を禁止する「競業避止義務」への合意(競業避止義務契約)がなされている場合には、転職を禁止できる可能性があります。

そして、競業避止義務契約がなされている場合であっても、従業員の職業選択の自由の重要性に鑑み、転職の禁止が無制限に認められるわけではありません。
競業避止義務を負わせる必要性が高い場合で、内容が合理的でなければ、裁判になったときに競業避止義務契約が公序良俗に反し無効と判断され、転職の禁止の正当性を認めてもらえない可能性があるため、注意が必要です。

2、競業避止義務契約の有効性の判断基準とは

競業避止義務契約は、競業避止義務の目的に照らして必要最小限であれば、合理的範囲の負担として有効であるとされます。
しかし、どのようなケースであれば合理的範囲の中に含まれるのかは、それぞれの個別具体的事情によって異なります。

一般的には、守るべき企業の利益、従業員の地位、地域的な限定の有無、競業避止義務を負う期間の長さ、禁止される競業行為の範囲、代償措置の有無等色々な事情を総合し、競業を禁止することに合理性があると認められない場合、公序良俗に反するものとして有効性が否定されます。

  1. (1)守るべき企業の利益

    競業避止義務契約が有効と判断されるためには、守るべき企業の利益があることが前提となります。
    この守るべき企業の利益には、営業秘密だけでなく営業秘密に準じて取り扱うことが妥当な情報やノウハウについても含まれます。
    なお、営業秘密の漏えいについては不正競争防止法で明確に保護されており、違反すれば罰則の対象にもなり得ます。

  2. (2)従業員の地位

    競業避止義務契約が有効と判断されるためには、従業員の形式的な職位でなく、具体的な業務内容の重要性がポイントになります。
    たとえば対象となる従業員に役職がついていたとしても、企業が守るべき営業秘密などに接していないときには、企業を保護する必要性が小さいにもかかわらず、従業員に過剰な負担をかけるものとして、競業避止義務契約が有効と判断されない可能性があります。

    また競業避止義務契約は、合理的な理由なく従業員全員、または特定の職位の全員を対象としているだけの場合には、企業の利益を守る為に必要な範囲を超えて、従業員に負担をかけるものと判断され、有効性が認められにくい傾向にあります。

  3. (3)地域的な限定

    地域的な限定の有無や範囲などが、判断のポイントになることがあります。
    業務の性質や禁止行為の範囲などに照らして、合理的に地域的な限定がなされているときには有効性が認められる傾向にあります。

    たとえば、家電量販店や医療品の販売広告など、広い範囲で行われ得る事業で、禁止行為が限定されている場合は、競業避止義務の地域的な限定がなくても合理性が認められる場合があるのに対し、介護事業やダイビングガイドなど、地域に密着した事業の場合においては、比較的限定された地域に限り合理性が認められる傾向にあります。

  4. (4)競業避止義務を負う期間

    競業避止義務契約の有効性は、退職後義務を負う期間によっても判断されます。

    有効と判断される期間は、本件競業避止義務を設けた目的に照らし、不相当に長いものでないか、という視点によって判断されるため、労働者の不利益の程度や業種の特徴、企業の守るべき利益を保護する手段としての合理性などによって異なります。

    そのため一概に有効となる期間を判断することはできませんが、期間が長いほど従業員の負担が大きくなるため、従前の裁判例などの傾向を踏まえて大まかにいえば、約1年程度の期間であれば裁判所は有効と判断する傾向にあるといえるでしょう。

  5. (5)禁止される競業行為の範囲

    契約で禁止される競業行為の範囲についても、有効性を判断するポイントとなり得ます。
    守るべき企業の利益と禁止される競業行為の範囲に整合性があるかどうかが、判断基準となります。
    一般的には、競業企業への転職を抽象的に禁止するだけでは有効と認められにくく、業務の内容や職種などを限定して禁止する場合には、有効と認められる傾向にあります。

  6. (6)代償措置

    代償措置とは、競業避止義務を負わせる代償として行われる、賃金や退職金を増額するなどの措置をいいます。
    一般的には、代償措置が何もない競業避止義務契約の有効性は認められにくい傾向にあります。また、退職金の増額があった場合も、その額が競業避止義務の負担に対して十分でなく、代償と認められない場合もあるため、慎重な判断が必要です。

3、競業避止義務違反として損害賠償請求することは可能?

退職者が締結した競業避止義務契約に違反したときには、事後的対応策として会社は退職者に対して損害賠償請求できる可能性があります。

そのほかに責任を追及する方法として、競業行為の差し止めを求める方法や、その旨の退職金規程があるときなどには退職金を減額・不支給にすることが可能となる場合もあります。

  1. (1)損害賠償請求

    退職者が競業避止義務契約に違反したことにより損害が生じた場合には、会社は債務不履行責任として退職者に損害賠償請求をすることが認められる可能性はあります。

    損害賠償の請求する際は、まず内容証明郵便などを利用して、直接退職者と交渉することから始めることが多いでしょう。

  2. (2)差し止め請求

    退職者が損害賠償請求に応じず、競業行為を続けて被害が拡大しているような場合などには、裁判所に差し止め請求を申し立てることを検討するとよいでしょう。
    なお迅速に差し止める必要があるときには、裁判で判決を得る前段階の保全仮処分を利用する方法もあります。
    仮処分の手続きでは、「会社側に保全すべき権利があること」と「差し止めの必要性があること」について会社が資料を提示し、裁判所に認めてもらわなければなりません。

  3. (3)退職金の不支給など

    競業避止義務に合意する代償措置として退職金を与えているような場合には、義務違反があれば退職金の返還請求が可能になることもあります。

    減額・不支給が有効になるためには、退職金の減額・不支給に関する規定が就業規則や労働協約、退職金規定などで設けられていることが必要です。

    ただし、退職金の減額・不支給の有効性は、規定自体の有効性に加えて退職者に背信性があることも考慮されます。特に、退職金の不支給の有効性は、減額の場合よりも退職者に高い背信性があることが求められます。

    たとえば、これまで貢献した功労を抹消してしまうほど会社に重大な損害を与えた、会社の社会的信用を損なう行為をしたといった場合が該当します。

4、同業他社への転職によるトラブルを防ぐために企業がとるべき対策

社員が同業他社に転職して競業行為をしている場合には、これまでご説明したような事後的な対応策をとることが考えられます。

しかし本来は、トラブルが生じてから対応するのではなく、トラブルを未然に防ぐために同業他社への転職に関する有効な競業避止義務契約を締結しておくことが望ましいといえます。加えて、退職時に競業避止義務に関する誓約書への署名を求めることにより、抑止効果が期待できることでしょう。

しかし、競業避止義務契約の有効性は個別具体的な例で異なるため、有効な契約書を的確に作成することは非常に難しいものです。
そのため競業避止義務に関する契約書を作成する際には、弁護士へ相談したうえで作成することが得策です。弁護士は有効な契約書を作成できるだけでなく、トラブルが生じたときには会社側の代理人として、もろもろの手続きの対応や交渉を行うことも可能です。

5、まとめ

本コラムでは、社員の同業他社への転職に関して未然に損害を防ぐ方法や、事後的な対応策について解説しました。
同業他社への転職による損害を未然に防ぐためには、まず有効な競業避止義務契約を締結する必要があります。また、競業行為によって損害を受けたときには、被害が拡大しないように早期に適切な対応をとることが大切です。

ベリーベスト法律事務所では、企業法務に特化した、顧問弁護士サービスを展開しています。
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