年俸制は残業代が出ないの? 年俸制でも残業代を請求できる場合について解説
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年俸制では、あらかじめ一年間分の賃金が決まってしまうため、残業代は出ないのではと思っている方もいらっしゃると思いますが、そのようなことはありません。年俸制は、賃金の額について、年単位で合意しているというだけで、労働基準法が適用される労働者であることには何らかわりません。
実際に、年俸制で働いていた医師が病院を運営する法人に、未払いの残業代として計725万円の支払いを求めた訴訟で、東京高裁は計546万円の支払いを命じた判決がありました。判決では、年俸に時間外賃金を含めたものといえるためには、時間外賃金は通常の賃金と明確に区別できなければならず、このケースの年俸に残業代は含まれていない、と判断しています。
ここでは、年俸制における残業代の考え方や、年俸制で残業代を請求できるケースについて、名古屋オフィスの弁護士が解説します。
1、年俸制は残業代が支払われない?
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(1)労働時間と割増賃金
労働時間については、労働基準法が労働者保護の観点から上限を定めています。この労働者を働かせてよい時間として法律上定められた上限時間を「法定労働時間」といい、1週間の労働時間は40時間まで、1日の労働時間は8時間までとなっています。
また、休日については1週間に少なくとも1日の休日を付与するか、または4週間を通じて4日以上の休日を付与することとされています。これに反する合意をしても、労働基準法に違反する合意なので違反する部分は無効とされ、法律上の基準に修正されます。
なお、多くの会社で法定労働時間以上の時間で労働者を働かせていますが、いわゆる「36協定」という、会社側と労働者側の合意により法定労働時間以上の残業が可能となる仕組みを法が認めており、これに基づいて行われています。
一方、「所定労働時間」とは、法定労働時間の範囲内で使用者と労働者の間で決められた労働時間のことを意味します。たとえば、午前9時に始業で午後5時に終業(1時間の休憩あり)の会社があれば、その会社の所定労働時間は7時間ということになります。
労働基準法では、「法定労働時間」を超えて使用者が労働させた場合には、法律で決められた割合以上の割増賃金(時間外勤務手当)を支払わなければならないと定められています。つまり、前述した「36協定」により法定労働時間以上の残業は認められますが、この場合の残業には必ず割増賃金が必要になります。
なお、「所定労働時間」を超えて使用者が労働させた場合は、「法定労働時間」に達する部分までについては割増賃金を支払う義務は課されていませんが、会社の就業規則などで、「所定労働時間」を超えたら割増賃金を支払うというルールが制定されていれば「法定労働時間」に達しない部分についても割増賃金を請求することは可能です。 -
(2)年俸制でも未払いの残業代を請求できる可能性がある
年俸制は、1年分の総支給額が決まってしまうため、残業代が発生しないと勘違いされている方も少なくありません。しかしながら、年俸制を採用されている労働者であっても、労働基準法で定める割増賃金に関する定めが適用されることにかわりありません。
そのため、年俸制であっても、それが所定労働時間の勤務に対する給与である場合、所定労働時間を超えて勤務した場合には超過した時間に応じた残業代が発生し、さらに法定労働時間を超えている部分については、加えて割増賃金を支払わなければならないことになります。
従って、年棒制が採用されていたとしても、未払い残業代がある場合には、残業代を請求できる可能性があります。実際に裁判例においても、年棒制のケースで未払い残業代の支払い請求が認められている事案があります。
2、年俸制で残業代を支払わなくて良いケース
労働契約の内容として、年俸に残業代が含まれていることが明らかである場合であって、残業代部分と基本給部分とを区別できる場合には、年俸として渡す賃金の一部を残業代とすることができますので、その部分については別途残業代を支払う必要はありません。(冒頭にご紹介した判例の判断は、この考え方がベースになっています。)ただし、年俸の一部を残業代と定めたとしても、その額が、実際の残業時間に対応する残業代の額よりも少ない場合には、その差額を支払う必要があります。
もっとも、本人が労働基準法上の管理監督者であると判断された場合や、実労働時間にかかわらず労使協定で合意した労働時間働いたものとみなす裁量労働制で働いており、要件を満たす場合などには、残業代が発生しない可能性があります。
3、年俸制の残業代を計算する方法
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(1)年俸制の考え方
年俸制とは、賃金の額を年単位で決める制度をいいます。毎年契約を更改し、業務評価に応じて年俸を変動させることができるため成果主義に馴染むと言えるでしょう。そのような意味で、管理職や専門職に適用されることが多いかもしれません。
支払い方法としては、労働基準法で「賃金は、毎月一回以上、一定の期日を定めて支払わなければならない。」と定められていますので、最低月1回の支払いが必要になります。(賞与を別に支払うケースもあります) -
(2)残業代の計算方法
残業代の計算方法については、年俸制であっても通常と変わらず、労働者の「1時間当たりの賃金」に「残業時間数」と「割増率」を乗じて算出します。以下、それぞれ見ていきます。
●1時間あたりの基礎賃金
1時間あたりの賃金額は、年俸に含まれる算定基礎賃金を所定労働時間数で除して計算します。たとえば、12分割して給与が支払われている場合、年俸額の12分の1を月における所定労働時間数(月によって異なる場合には、1年間における1ヶ月平均所定労働時間数)で除した金額が基礎賃金となります。1年間の所定労働時間は、通常、就業規則などに定められています。
賞与が含まれている場合には、注意が必要となります。通達によれば、たとえば、2ヶ月分の賞与を年俸に含んで支払われている場合、当該賞与は算定基礎から除外されず、結滞された年俸額の12分の1を月における所定労働時間数で除して計算することとなります。
●残業時間数
所定労働時間を超えて勤務した労働時間です。タイムカードや出退勤記録などから集計します。できる限り客観的な記録を準備し、集計できることが望ましいでしょう。
●割増率
労働基準法で定められている残業代(割増賃金)の割増率は次の通りです。
- 所定時間外労働(法定時間内労働):1倍
- 法定時間外労働:1.25倍
- 法定休日労働:1.35倍
- 深夜労働:1.25倍
- 時間外労働+深夜労働:1.5倍
- 休日労働+深夜労働:1.6倍
4、年俸制で残業代を請求する際に必要な証拠について
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(1)必要な証拠とは
年俸制においても、残業代請求に必要な証拠は基本的に変わりません。残業代の請求をする場合、まず会社と労働者との間の雇用契約の内容を示す資料が必要です。雇用契約書、雇用条件通知書、就業規則、賃金規程などを準備します。
次に、労働時間に関する資料です。直接的な証拠となるタイムカード、出勤退社打刻データや、間接的な証拠となる業務報告書、パソコンのログアウト・ログインデータなどを準備します。場合によっては労働者本人の日記やメール履歴、出退勤時間のメモなども、証拠として利用できることがあります。また、会社側から、仕事をせずに単純に残っていただけではないかというような反論をされた場合に対抗できるよう、業務指示のメール履歴や、業務指示のメモ、会議議事録なども準備しておくと有効です。
最後に、残業代を計算するための賃金に関する資料として、給与明細などが必要です。給与明細書の記載により、残業代の一部がすでに支払われているかどうかがわかる場合もあります。 -
(2)証拠収集に関する注意点
そもそも会社には、労働時間を正確に管理する義務がありますので、タイムカードその他を入手することにより、労働時間は正確に把握できるはずです。しかしながら、会社によっては管理がずさんであったり、残業時間が明確になる記録の開示を拒んだりする場合も考えられます。
このような場合に備え、残業代の請求を考えた場合、まずは自分自身で可能な限り有効な証拠を準備しておく姿勢が重要になります。すでにご説明した直接的な証拠の入手が難しい場合には、間接的な証拠や、補足証拠として自ら労働時間を記録したメモなどを準備しましょう。さらに、必要であれば、弁護士を通じて裁判所に証拠保全手続き(裁判所の介入により会社側に必要な証拠を提出させる手続き)をしてもらうことも可能です。
また、残業代の請求には2年間の時効があります。従って、未払いが続いている場合は、早急に手続きを進めることが必要です。退職した会社へ請求する場合は、内容証明郵便により残業代の請求書を送付しておけば、時効を仮に中断しておくことができます。
5、まとめ
人事部や経営者と対等に交渉するのに、労働者ご本人だけでは難航し、交渉がなかなか進まないケースもあります。また、交渉がうまく進まなければ、労働審判や訴訟手続を検討する必要があります。
このような場合に備え、未払いの残業代を請求することを考えた場合、まず弁護士などの専門家に相談してみることも一案です。
年俸制で正当な残業代を支払われていない可能性があるがどのように対応してよいかわからないなどお困りの方は、ベリーベスト法律事務所 名古屋オフィスまでご相談ください。名古屋オフィスの弁護士が、年俸制における正当な残業代請求に全力を尽くします。
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